※この記事は2026年12月号(10月26日発売)の記事の一部を抜粋したものです。
「不斉自己触媒反応」を発見し,分子の左右差の起源にせまった
監修 川﨑常臣 東京理科大学理学部第一部応用化学科教授
硤合憲三 Kenso Soai
東京理科大学名誉教授。1950年生まれ。写真は2026年10月7日の受賞発表後の記者会見で撮影されたものだ。
朝日新聞社
「キラリティーの起源の研究に対する意味合いや位置づけをアピールできるということで,非常に喜んでいます」。2026年10月7日に東京理科大学で開かれた記者会見冒頭の挨拶で,硤合憲三博士はそう語った。
自然界に存在する分子のなかには,使われる原子の種類や数,結合関係は同じなのに,右手と左手のように,鏡映しの関係にあるペアが存在する。こうした右手・左手のペアを「鏡像異性体」という。今回受賞対象となった不斉合成とよばれる分野は,この右手型,左手型の片方だけをねらってつくり出す反応のことだ。
鏡像異性体のペアはどう回転させてもけっして重なり合わない。この性質は「キラリティー」とよばれる。鏡像異性体をめぐっては,生命科学の非常に大きな謎が一つある。それは,「地球上の生命を構成するアミノ酸や糖などの分子は,なぜ左手型あるいは右手型のどちらか一方だけでできているのか」という疑問だ。
通常の化学合成では,鏡像異性体は左手型と右手型が1:1の割合で生成される。しかし不思議なことに生命分子の鏡像異性体の割合は,どちらか一方に極端に偏っている。このように,生命分子のキラリティーが偏っている状態は「ホモキラリティー」とよばれ,太古の地球でこれがどう生まれたのかは未解明だ。
カガン博士と硤合博士の研究の意義は,この謎の解明にせまった点にある。とくに硤合博士の「硤合反応」は,左右一方の生成物がみずからの生成を触媒して自己増殖する反応である。たとえば右手型が左手型よりもわずかに多い条件からはじめ,硤合反応をくりかえす。すると,キラリティーの偏りが増幅され,最終的には右手型が100%に近い純度で得られる。硤合反応は,太古の地球で生じた右手・左手のわずかな偏りが,どのように現在の極端な非対称性へと増幅されたかを説明する重要な根拠の一つなのだ。
監修:川﨑常臣
東京理科大学理学部第一部応用化学科教授
執筆:三澤龍志
編集部