Newton 板倉:
その自己増殖が起きたのは,地球上のことだと思われますか? それとも宇宙のどこかですか?
硤合教授:
私自身は有機化学の専門家ですので,起きた場所がどこかということには関心がないと言うとちょっと失礼ですが,どこでも起こればよいと思っています。
具体的にどこじゃないとダメとか,そういう意味で,「いや,こっちだ,いや,あっちだ」という議論には,ちょっとあまり関心がないといいますか。現実にどこで起こったかというのは,ちょっと断定できないかなということです。
Newton 板倉:
先生がお書きになったものを拝見して,地球の鉱物である水晶の表面で,ある種のキラリティーを生み出すような反応が起きたのではないかとありました。
それはつまり,地球の鉱物である水晶で,生命の源を生み出すような反応が起きた。そういうお考えをおもちでしょうか?
硤合教授:
ええ。水晶自体は,皆さんご存じの透明な二酸化ケイ素の結晶なんですが,実はこの中の骨格が右巻きと左巻き,右水晶と左水晶があります。要するに,像と鏡像の関係になっています。つまり,キラリティーとしては逆ですね。
それが地球上にも昔からありふれていて。もともとアミノ酸にしても何にしても,L体やD体があるというようなことが見つかった。
最初は19世紀の初め頃,フランスで,偏光(光の振動面が一方向のもの)が見つかって,それを水晶に通すと,ある水晶ではこっちから見ると時計回り,ある水晶では反時計回りに偏光面が回転するという現象が発見されました。フランスの科学者アラゴやビオのことですね。当時は,どうして右左があるのかわからなかったのですが,不思議な現象だということになりました。
その後,自然界の植物からいろいろな有機化合物を取り出して,測ると,必ず旋光性,つまり偏光面が回転する性質が発見されます。それが不思議な現象だと注目されたのです。
そして,フランスワインに入っている酒石酸。これに旋光性をもつものともたないものがある。成分が同じなのにことなるのはおかしいと考えられていたころ,1848年に現れたのがルイ・パスツールです。名前は皆さんも聞かれたことがあると思います。
若きパスツールが,旋光性をもたないものを結晶化すると,その結晶の粒が,水晶の右水晶・左水晶みたいな,これを半面像というのですが,そういうふうに分かれるっていうのに気がついたのです。
それを両方に分けて旋光性を測ると,一方がプラス,一方がマイナスになります。分けて溶かすと旋光性が逆になるのを見つけたのです。これによって初めて,溶液にしても偏光面を回転させるということは,分子の構造に何か非対称なものがあるんじゃないかということがわかり,それが今,私たちにつながっているキラル化学の一番最初だといえます。
それで私もこの機会に申し上げておくと,パスツールご自身がその後直ちに興味をもったのは,なぜ生物はそうやって片方だけつくるんだろうかということなんです。
当時,パスツールは後の講演会で述べているんですが,太陽が東から上がって西に沈む。あれも片方に偏っていますよね。これは南半球では逆になりますが。その方向が影響しているのだろうということで,植物に動く鏡を与えて,西から東に沈むように光を当ててみたとかね。あるいは,磁場を使ってキラリティーを出そうと試みたということなどに触れており,これは記録がしっかり残っています。正式な科学論文には至っていませんが,パスツール先生が最初に興味をもったのは,まさにそういうことだったのです。
キラリティーの起源はこのように由緒正しいテーマと言えるということですよね。
フランスのパリでパスツール研究所に行ったとき,資料室があって,パスツールの実験とかが展示されていて。あまり紹介されていませんが,ずいぶん小さな箱に入った右水晶と左水晶のサンプルが置いてあるんですね。
それを見て,「パスツール先生は,記録には残していないけど,やっぱりそういうキラリティーの研究をされていた可能性が大きい」と。それを見て,個人的にひっそりと感動しました。